うーん。
世の中には、すごく面白くなりそうなのに郷土だけで留まっている題材がたくさんある。その郷土に生まれ育った人なら、その題材を本にしてみたいと思う。そうして一冊の本が世に出る。ただしそれは往々にしてとてもつまらない本になり、題材そのものの輝きにさえミソをつけてしまう。これはそんな無数の本のひとつだ。
A・A・ミルンの童話やディズニー映画で有名なくまのプーさんは、ロンドン動物園の人気クロクマ「ウィニー」がモデルになっている。そのウィニーを猟師から買い取って育てていたのはカナダ人獣医将校ハリー・コルボーンだった。彼はウィニペグという町で小熊を買ったので、町の名にちなんで「ウィニー」と名づけた。ウィニーは軍人たちの人気者になるが、第一次大戦が起こり、ハリーはウィニーをロンドン動物園に預ける。
この本は、ハリーとウィニーの生涯を記した本だ。しかし書かれていることはたぶん他の本からの引用や要約ばかり。著者は自分の足で関係者にインタビューしただろうか? いきいきとした会話や情景を盛り込もうと心がけただろうか? 正確さを求めすぎてどんどん文章から精彩が失われていることに気づかなかったのだろうか?
翻訳者はウィニペグに滞在経験を持つ人で津田塾大学英文学科卒。きっと当地でこの本を知り、情熱に駆られて翻訳しようとしたのだろう。しかしあとがきで軍事用語の訳語に難儀したなどと書いているとおり、プロフェッショナルな仕事ができていない。ぼんやり読んでいたのでは何が書かれているのかわからない日本語が続く。たぶん原文もあまり滑らかではないだろうから、仕方がないのかな……。原著にはない写真を多く盛り込んだと書かれているから、その熱意は伝わってくるのだ。きっと訳者にとっては思い入れのある本なのだろう。しかし……。
地元の郷土史家が書いたこの手の本で、私が自信を持ってお薦めできる一冊は、Norman M. Covert "Cutting edge: A history of Fort Detrick, Maryland"である。細菌兵器の開発をおこなっていたアメリカのフォート・デトリックについて書かれたものだ。NIHの研究者たちもこぞって太鼓判を押すすばらしい内容で、留学中に夢中で読んだ。あの本、翻訳は出ないのかな。